
中田秀夫監督作品ホラー映画特集:#7『仄暗い水の底から』
中田秀夫監督作品特集第7回目は、2002年の映画『仄暗い水の底から』です。日本のホラー映画の中でも特に心理的な恐怖を重視した作品です。本作は2003年のジェラルメ国際ファンタスティカ映画祭でグランプリを受賞し、その評価の高さが証明されました。今回は、本作の魅力や原作との違いについて掘り下げていきます。
簡単なあらすじ
夫と離婚し、新しい仕事を見つけながら娘と二人で生活を始めた松原淑美(黒木瞳)。新しい住まいとして選んだ古いマンションは、天井からの水漏れなど不穏な気配を漂わせていました。そんな中、淑美の娘・郁子は謎の赤いバッグを拾います。それは以前このマンションに住んでいた少女・美津子の持ち物でした。やがて不可解な現象が次々と起こり、淑美はこのマンションに潜む過去の恐怖と対峙することになります。
原作と映画の違い
本作の原作は、鈴木光司による短編小説『浮遊する水』です。原作では、美津子が貯水槽に落ちた可能性を示唆しつつも、明確な結末を描かず読者の想像に委ねる形で終わります。しかし映画版では、美津子の霊が明確に登場し、最終的に淑美をあの世へと連れて行ってしまうという、より具体的で衝撃的な展開が描かれています。母親としての淑美の決断がより強調されており、映画ならではのドラマ性が際立っています。
映画全体を支える鬱屈とした雰囲気
この映画の特徴の一つは、全編を通して漂う沈んだ雰囲気です。離婚後の生活に苦しみ、新しい仕事も思うようにいかない淑美の心理状態は、暗く湿ったマンションの空気と共鳴しています。さらに、雨のシーンが多く描かれ、母親が迎えに来ない保育園でのシーンなどが娘・郁子の寂しさを際立たせています。そこに、一人貯水槽に置き去りにされた赤いバッグの少女・美津子の存在が重なり、より一層悲しく孤独感に満ちた雰囲気を作り出しています。この心理的なリンクが、作品全体の雰囲気を練り上げ、深みのあるものへと昇華している印象です。
悲しいが、ある意味ではグッドエンド?
映画のクライマックスでは、淑美は美津子の霊を鎮めるために自らを犠牲にし、娘・郁子を守ります。この結末は一見すると悲劇ですが、母親としての使命を全うした淑美の姿には、ある種の救いも感じられます。最終的に郁子は成長し、母との思い出を大切にしながら生きていくことを示唆するエンディングは、哀しみとともにわずかな希望も残しています。
余韻を残す終わり方の魅力
本作のラストシーンは、ただ恐怖を与えるのではなく、観る者の心に余韻を残す形で終わります。日本のホラー映画らしい静かな怖さと、母と娘の絆を描いた人間ドラマが絡み合うことで、単なるホラー映画にとどまらない人間ドラマとしての奥深さも生まれているように感じました。皆さんも是非、ご覧ください。
『仄暗い水の底から』は、視覚的な恐怖だけでなく、心理的な恐怖と哀しみを見事に表現した秀逸な作品です。まだ観ていない方は、ぜひ一度鑑賞してみてはいかがでしょうか。