中田秀夫監督作品ホラー映画特集:#9『殺人鬼を飼う女』

これはホラー映画なのか?

大石圭の小説『殺人鬼を飼う女』を原作とした本作は、2019年に中田秀夫監督によって映画化されました。中田監督といえば『リング』や『女優霊』など、ホラー映画の名作を手掛けたことで知られています。第9回目はこちらの『殺人鬼を飼う女』をレビューします。しかし、この映画はなかなかホラーとしてレビューするのが難しい。中田秀夫監督の新境地とも言えるのでしょうか、今までにない作風でした。果たしてホラーと呼べるのか……? そう思った理由をご紹介します。

ホラーと言うよりAVだった……

本作の最大の特徴は、過剰なまでの官能描写です。タイトルやあらすじからは、猟奇的なサイコホラーを期待してしまいますが、実際に展開されるのはほぼ官能映画と言ってもよいでしょう。視聴後の感想は「AVを見た」です。ホラー映画においてエロティックな要素は珍しくありませんが、それが作品の主軸になってしまうとジャンルとしてのバランスが崩れてしまいます。映像も妙にフェティッシュな視点が多く、登場人物の心理描写よりも肉体的な絡みに焦点を当てた演出が目立ちました。「恐怖よりも欲望が先行する映画」というのが率直な感想です。

それでもホラーとして評価できる点を探す

では、ホラー映画としての魅力はゼロなのか?
整理するために、まず、ホラー映画とは何か?を考えてみました。ホラー映画に必要な要素として以下の点が挙げられると思います。(以下持論です)
1,恐怖の対象・・・観客が恐怖を抱く対象(モンスター、幽霊、未知のウイルス、ゾンビなど)
2,不安や緊張を煽る演出・・・視覚的、聴覚的に演出される恐怖
3,恐怖に巻き込まれるキャラクターの存在・・・観客が感情移入できる存在
4,逃げ場のない状況や絶望感・・・閉鎖的な空間(無人島、密室など)や救いのない状況
5,異常なルールや理不尽さ・・・常識では考えられない状況、理解できない存在への畏怖など
6,結末の余韻・・・解決しない問題が残ることで観客の恐怖が映画が見終わった後も続く

この、6つの要素のいずれかに当てはまっている要素はなかったか・・・


まず、主演の飛鳥凛が演じる主人公・キョウコの妖艶さは印象的でした。彼女の視線や仕草には、狂気と魅惑が同居しており、異常な世界観の中で確かな存在感を放っていました。そして、暗い映像美や音響の使い方には中田秀夫監督らしい技巧が見られました。ただそれらの演出が恐怖に結びつくことはほとんどなく、単なる映像美として終わってしまった感が否めません。脚本もよりホラー寄りに作られていれば、彼女の演技が恐怖を引き立てる要素として機能したのではないかと思います。

映像や演技に良い部分はあるものの、物語の軸がどこにあるのか曖昧で、観客が一緒に恐怖を共有できるキャラクターも不在のまま、結果的にホラー映画としての魅力は薄れてしまいました。「殺人鬼を“飼う”」という設定は非常に興味深いのに、そのテーマが活かしきれていないのも残念です。

結論としては!本作は「ホラー映画」ではなく、「官能的な映像表現が9割を占めるギリギリホラーの要素をちょい足ししたAV」、というところに落ち着きました。ホラー映画ではないと結論づけたのに、ホラー映画特集のタイトルをつけてしまいました。せっかく見たので、書きたくなりました。ご了承ください。

こちらの映画は中田監督のホラー映画を期待すると肩透かしを食らうかもしれませんが、興味がある方は、ホラー映画という先入観を捨てて、ご視聴ください。中田秀夫監督が新たなジャンルに挑戦した作品となっていることは間違いないでしょう!